Das Notizbuch von ka2ka ― ka2kaの雑記帳

考察:釣魚(つり)はスポーツであるか否か(3)

釣魚(つり)が(スポーツではなく)遊びであることにひとまず異論はありませんが、そもそも「遊び」とは何でしょうか……『日本大百科全書(ニッポニカ)』の「釣り」の解説の中で『釣魚大全』の完訳者である森秀人氏は「釣りの意義」に関して以下のように述べています。
近年の釣りの大衆化は著しく、「釣りとは何か」という基本的な問いかけも行われないまま、いつのまにか人類の遊びの代表格になってしまった感すらある。しかし、人類文化と遊戯を研究したホイジンガの『ホモ・ルーデンス』や、カイヨワの『遊びと人間』などの名著にすら、なぜか魚釣りは取り上げられていない。その理由としては、おそらく釣りは、単に魚捕り一般に統括されると考えられていたからではなかろうか。つまり網打ちなど釣り以外の漁獲法と同一視されていたらしい。いまでも東南アジアなどでは、魚を棍棒(こんぼう)で撲殺(ぼくさつ)するという漁獲法が残っているし、釣りもそんな漁獲法の一部と考えられているのも事実である。要するに、生活の糧(かて)としての概念が強かったのであろう。
 その釣りが、しだいに遊びの要素を濃くし、今日の日本のように、釣り人口2000万といわれるまで膨張してきた秘密は何か。たぶんそれは、釣りが魚捕り以外の大きな魅力を備えているからに違いない。釣りは緊張、陶酔、解放という興奮回路の繰り返しである。釣りの計画、準備、出船、投餌(とうじ)――こうした事前の段階で緊張が高まっていく。続いて魚信、あわせ、釣り上げ――という一連の漁獲段階の陶酔がおこる。そして、やがて訪れる充足感覚、満足感によって、釣り人の精神は解放されていく。カイヨワは、遊びの重要な目的として、イリンクス(眩暈(めまい))をあげているが、それがこの陶酔にあたるものと考えていい。瞬間的に知覚の安定を崩し、一種の快適なパニックをおこさせる。心理的なけいれんと麻痺(まひ)がおこる。男性のほうが女性より釣りを好むのは、男性がアンドロゲンとよばれる男性ホルモンの分泌やアドレナリン(副腎(ふくじん)皮質ホルモン)の分泌において、女性を上回るからである。どちらの物質も、狩猟本能、攻撃本能を増加させる。[森 秀人]
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カイヨワの『遊びと人間』の中で釣魚が取り上げられていないというのは、たしかに意外であり、その理由として森氏が述べるように、釣魚が遊びではなく「漁獲法の一部」とみなされていたというのは、それなりに説得力があります。それでは、もしカイヨワが現在も生きていて、『遊びと人間』を新たに書いたとしたら釣魚も遊びとして取り上げるでしょうか……


by ka2ka55 | 2018-01-18 08:00 | 釣魚 | Comments(0)