Das Notizbuch von ka2ka ― ka2kaの雑記帳

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オーストリア航空(AUA/OS)成田ーウィーン路線の最終フライト(2016年9月4日)

オーストリア航空(AUA/OS)が日本市場からの撤退を決めたことが今年4月に発表されたときは、ウィーンへの唯一の直行便だった成田ーウィーン路線が廃止されることで残念がる声が多く聞かれた(関連記事)。私も残念に思う一人だが、思えば、OSを初めて利用したのは、10年前(2006年)に初めてエッツタール大会に参加したときだった。そのときに利用した機体は、たまたまウィーンフィルの特別塗装機(写真)だったこともあり、妙に興奮したことを覚えている。
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その後は2011年まで毎年ヨーロッパに行ったが、OSを利用したのは2008年が最後で、このときは優雅にビジネスクラスを利用したこともあり、ブログに機内食の写真を掲載したりしている。
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さて、いずれにしても本日(9/4)13:45成田発ウィーン行きOS52便を最後に日本からウイーンへの直行便は利用できなくなり、とくに音楽関係者/愛好者には不便であることは間違いない。今後、ANAがウィーン線を新たに開設する可能性もなくはないようだが(関連記事)、果たしてどうなるか…
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最後のOS52便はウィーンに向けて定刻より約1時間半遅れて15時13分に成田を出発…

▼関連記事
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そして、OSといえば、一際目立つ全身真っ赤の客室乗務員の制服。成田で初めて見たときは卒倒しそうになったけれど、もう見られなくなるのは寂しい…
by ka2ka55 | 2016-09-05 01:12 | ニュース | Comments(0)

三十年前は裸だった

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イタリア・エルバ島にて(1982年9月)

by ka2ka55 | 2013-04-02 02:36 | 写真 | Comments(0)

ANAに決定

旅行が終了して2日が経過、案の定、今回の"Jetlag"はいつにも増して酷い。当面の仕事はなんとか期日前に終わらせたが、つねに睡魔が訪れるので仕事にならない。
などと言いながら、もう次の旅行の青写真を描こうとしているのだから懲りないというか何というか。いずれにしても次にドイツ方面へ行く際に利用する航空会社はANAに決定していることだけは間違いない。つまり来年1月21日からの「羽田=フランクフルト線 新規就航」が発表され、すでにチケットも発売されているようなので、これを利用しないことなど考えられない。今回の旅行は発表前だったので早まってしまったかと思ったほど。また同就航便の機材がボーイング787-8である点も魅力。ちなみに今回の機材はフランクフルトへの往路便(NH209)が777-300ER(1)、ミュンヘンからの復路便(NH208)が777-300ER(2)。いずれもエコノミー席ではあったが、往路は4人用シートの中2つが空席、復路は3人用シートの中1つが空席というラッキーな位置だった。これ以外にもANAには他社と比べて(手荷物の重量制限などを含めて)メリットが多い。乗り継ぎなら安い航空会社は他にもあるが、最短でも12時間近くのフライトを強いられる直行便の中ではベストの選択に違いない。
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往路(成田→フランクフルト)便の機内食
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復路(ミュンヘン→成田)便の機内食

by ka2ka55 | 2011-11-17 23:48 | 旅行 | Comments(0)

紅山雪夫の本

これもついでに、というと語弊がありそうだが、「ドイツの城」関連の本として面白かった一冊。はじめは図書館で借りたのだが、手元に置きたくなって中古品(¥227)を購入。著者の紅山雪夫(べにやまゆきお)氏(1927-)は旅行作家とのことで多数の著書があるが、ペンネームと思いきや本名らしい。
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フランクフルトには愛着があると書いたが、今でこそ個人的にはオペラのメッカとしてベルリンやミュンヘンと肩を並べるとはいえ、まだ西独時代の滞独中には週末の遊び場でしかなく、実際のところ知らないことが多すぎる。そもそもフランクフルト(Frankfurt)とはどういう意味なのか。本書はこうした初歩的な疑問に答えてくれるだけでなく、意外にもフランクフルトが古都としてドイツの中でも歴史的にきわめて重要かつ興味深い都市であることを教えてくれる、旅のガイド本としてはもちろんだが、それ以上に読み応えのある良書と言えるだろう。以下、一部を引用。
★ローマ人が造った小さな町が発端になって東フランク王の本拠地に
 フランクフルトはドイツ有数の古い歴史を誇る都市であるとともに、現在ではドイツ経済の中枢であり、空の表玄関でもある。日本とドイツを結ぶ空のおおくはフランクフルトを発着点としており、ドイツの旅を当地から始める人も多い。

 ローマ帝国が滅亡して町がいったん荒廃に帰したあと、またゲルマンのフランク族が住みついて城を築いたのも、彼らの強敵だったザクセン族、バイエルン族、シュヴァーベン族、アレマン族に対してマイン河谷を通じて睨みを効かせるには、ここが枢要の地だったからだ。

 フランクフルトとは、「フランク族の渡河点」という意味である。既に六世紀の初め頃には、この名が生まれていたのではないかといわれている。ドイツ語のフルト Furt は英語の Ford と意味も語源も同じで、日本では渡河点とか渡渉点と訳されている。
 ローマ人と違って、中世初期までのゲルマン人はまだ川に橋をかける技術を充分に習得していなかったから、橋はごく限られた所にしかなかった。それで浅瀬や川中島があるとか、流れが特に緩やかになっているとかいう地点を選んで、人も家畜も川を渡った。それがフルトである。 pp.144-145
こうした地名の由来を知るだけでも十分に歴史が感じられるわけだが、しかし残念ながら急ぎ足で通り過ぎる観光客(買物客)には目に映る今のフランクフルトから「古都の息吹」を感じることはかなり難しいかもしれない。その点について著者は以下のように書いている。
★瓦礫の底から再起した街になお残っている古都の息吹を訪ねる
 レンテル塔より左の方を見ると、旧市街のかなたに高層ビルがニョキニョキと建ち並んでいて、長い歴史を持つ古都のたたずまいとはおよそ不似合いな感じだ。マイン川のかなたに高層ビルがひしめいている光景を評して、「これじゃ殺風景なマンハッタンの二の舞だ、マインハッタンだ」とか、「銀行のビルばかりになっちまったから、Frankfurt ではなく Bankfurt さ」というシャレがいっときはやった。
 今はおさまったが、いぜんは街中いたる所がビル工事中で、シートで覆われ、地面は痛々しく切り裂かれていた。「これじゃ Frankfurt ではなくて Krankfurt だ」という冗談も市民の共感を呼んだ。Krankfurtクランクフルトとは、「病めるフルト」「満身創痍のフルト」といったところ。
 第二次大戦中に米英軍の爆撃で焦土と化してしまう前は、フランクフルトには古風な木骨組や石造りの家々が二〇〇〇棟も軒を連ね、中世都市らしい美しさに溢れていた。戦前から長くヨーロッパにいたジャーナリストの笹本駿二氏も、爆撃で永久に失われてしまったドイツの古都の美しさについて、万感をこめて書いている。
 今では、戦災をあまり受けなかったロマンチック街道やメルヘン街道の古い町々を訪ねて、その美しさを偲ぶほかない。
 フランクフルトではゲーテの家、ラートハウス、ザールホーフなど、旧市街のごく一部の建物を苦労して昔通りの姿に戻しただけで、あとは瓦礫の山を片付けて新しいビルを建てるしかなかったのだ。そこで、モダンなビルが林立している現在のフランクフルトをかいま見ただけの旅行者は、「ビジネスとショッピング以外には用のない街」と速断しがちなのである。

 しかし、一九〇〇年の星霜を経てきた古都の息吹は、米英軍の猛爆撃によってもなお拭い去られることなく、意外な所に残っている。もともと買物には興味がないという方や、買物をすませてもなお時間のある方には、旧市街中心部の散策をおすすめしたいゆえんである。時間のない方は、この本で紙上散策をどうぞ。 pp.156-158 

by ka2ka55 | 2011-10-22 19:35 | | Comments(0)

はっきり城

ドイツの城(ブルク&シュロス)に関して、その後、関連本を図書館で借りたり、中古品を買ったりしているが、中でも¥150の中古品(送料¥250)として入手した魚住昌良著『ドイツの古都と古城』(山川出版社、1991年刊、定価¥2350)はガイドブックとして読むにはやや専門的とはいえ、十分に詳しく書かれているので興味深い。
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そして同書の「第I部 ドイツの古城と歴史」(pp.3-118)の冒頭で「ブルクとシュロス」を以下のように区別している。
ドイツ語で「お城」を指す言葉は一番普通にはブルクとシュロスですが、それではこの二語はどのように区別されるのでしょうか?
 もちろん言葉は生きものですから、人によりまた時によってさまざまなニュアンスで使われるはずで、厳密に定義したり截然と区別することはできませんが、私ども歴史を勉強している者の感覚では、一応次のように考えています。ブルクの方は、訳せば「城砦」とでもしましょうか、少し険しい山の上にあったり、湖沼を利用した水城であったりで、防御施設としての軍事的側面が大きいのにたいし、シュロスは「城郭」とでもしておきましょうか、多くは平地に建てられ、軍事的機能と並んで、より広い領域を支配する拠点としての政治的側面が大きくなってきた段階に使われてきたようであります。(pp.4-5)

by ka2ka55 | 2011-10-02 09:34 | | Comments(0)

RE:Burgen und Schlösser

なぜか今更ながら気になり調べている"Burg"(ブルク)と"Schloss"(シュロス)だが、その違いについて、手元の旅行ガイドに掲載されている基本情報を以下に引用。
●ブルク(Burg)
10~15世紀に建造された城で、防衛のみを目的としていた。そのため、山頂や湖畔といった攻撃を受けにくい場所に建てられたものが多い。装飾性や居住性を排除し、頑強さが追求されている。
●シュロス(Schloss)
16世紀頃から建てられた居住のための城。内装や外装に華美な装飾が見られる。初期のシュロスには防衛の機能があったが、17世紀以降に建てられたレジデンツ(宮殿)では軍事的要素は排除された。

ドイツ ロマンティック街道』(JTBパブリッシング)p.13
一方、(例によって)Wikiを見てみると"Schloss"の項に以下のように"Schloss und Burg"の記事が掲載されている。
Die Begriffe Schloss und Burg hatten ursprünglich eine ähnliche Bedeutung. Unter dem Schloss war im Mittelalter primär der Türriegel, also das Tür- oder Torschloss zu verstehen, im übertragenen Sinn aber dann auch ein Gebäude, in dem man sich zur Verteidigung einschließen konnte, während man sich in der Burg verbergen konnte. Heute wird der Begriff der Burg zumeist auf mittelalterliche Wehranlagen angewandt, während das Schloss in der Regel ein unbefestigtes Wohngebäude in adligem Besitz beschreibt. Häufig fehlt jedoch eine klare Abgrenzung von Schloss und Burg, ebenso zum Herrenhaus oder im süddeutschen Raum auch die Abgrenzung zum Ansitz.
この記事によると、"Schloss"と"Burg"は言葉の意味としては元々大した違いはなかったようである。中世における解釈では、"Schloss"は主に閂(Türriegel)つまり門の鍵のこととされ、これから転じて建物の意味にもなったとある。この建物の中に防衛のために(鍵をかけて)閉じこもる(sich einschliesen)ことができたわけで、なるほど"Schloss"にも防衛の機能があったことは(言葉の原義からも)頷ける。現在では"Burg"がたいてい中世の防衛施設の意味として用いられるのに対して、"Schloss"は通常、貴族所有地の防護工事が施されていない住居を表すが、両者の境界が明らかでないケースも多いとある。
by ka2ka55 | 2011-09-22 23:31 | ドイツ語/外国語 | Comments(0)

Burgen und Schlösser

"Burgen"は"Burg"の複数、"Schlösser"は"Schloss"の複数である(und=and)。どちらも「城」を意味するが、"Burg"(ブルク)と"Schloss"(シュロス)の違いについて少し調べていたところ、1899年に設立された(社)ドイツ城連合会(Die Deutsche Burgenvereinigung e.V. (DBV) )なる団体の存在を確認、"Burgen und Schlösser"は同団体が年4回発行している雑誌のタイトルにもなっている。
by ka2ka55 | 2011-09-21 21:14 | ドイツ語/外国語 | Comments(0)

ドイツの中心で歌合戦

ドイツの城(Burg)というと、バイエルンのノイシュヴァンシュタイン城があまりにも有名だが、見た目や観光の目玉としてはともかく、文化的・歴史的重要性という点ではあまり評価は高くないようで、たとえばユネスコの世界遺産には指定されていない。"Burg"は特に中世の城や城郭を意味するので、その中世の城を模して19世紀に新たに建てられたノイシュヴァンシュタイン城に建築物として「顕著な普遍的価値」を見出すには多少無理があるのかもしれない。
ドイツの数ある"Burg"の中で世界遺産に指定されている物件は意外と少なく、その希少な一つがヴァルトブルク(Wartburg)である(日本語では一般に「ヴァルトブルク城」と呼ばれるが、これでは「城」が重複するので「ヴァルト城」と呼ぶべき? 一方、ドイツ語では地名と区別するために"Die Wartburg"と定冠詞付きでも呼ばれる)。



d0103632_15323521.jpg「ヴァルトブルク城」といえば、ワーグナーの《タンホイザー》を連想せずにはいられない。何といっても《タンホイザー》の正式タイトルは《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》(Tannhäuser und der Sängerkrieg auf Wartburg)であり、文字どおり「ヴァルトブルク城」が舞台の一つとなっているオペラである。興味深いのは、この古城があるアイゼナハ(Eisenach)の位置をあらためて調べてみると、ドイツのほぼ中心にあること。ここでルターが新約聖書(ギリシア語)をドイツ語に翻訳し、バッハが生まれたことでも知られる。ちなみに、かつてマールブルク(Marburg)に住んでいたことがあり、アイゼナハは目と鼻の先、しかも姉妹都市のようだが、当時(30年前)は東西ドイツが未統一時代で東独に位置していたため近くて遠い「異国」の地であった。今ではフランクフルトから特急で1時間45分、日帰りが十分に可能。
by ka2ka55 | 2011-09-02 23:35 | 旅行 | Comments(0)

羽田からドイツへ直行便

12月から羽田/北京線、1月にフランクフルト-787の国際線定期便

配信日:2011/08/23 16:00 - ニュースカテゴリー:フライトスケジュール

全日空(ANA)はB787型の路線計画を発表、2012年1月から羽田/フランクフルト線の新規開設を前に、2011年12月から羽田/北京線に週1回程度で投入する予定だ。運航開始日は改めて発表する。

また、長距離路線での初投入は羽田/フランクフルト線。こちらは2012年1月に就航を予定しているが、開設日は未定。当初は週3便で月、木、土に運航、2012年2月からデイリー運航を予定している。この路線はルフトハンザドイツ航空と日本/ヨーロッパ間のジョイントベンチャー対象路線になる。

http://flyteam.jp/news/article/4352
これは個人的に間違いなく朗報と言える。住まいが成田より羽田のほうが近いのに羽田を利用できないのはまったく納得がいかない。もちろん現時点でも羽田から乗り継ぎでドイツへは行けるが、直行便でなければあまり意味がない。というわけで、来年からは羽田からドイツへ直行便で行けそうだが、考えてみれば、成田に空港ができる前(1978年以前)は海外でも羽田から出発するしかなかったわけだ。亡父の戦後初めての海外旅行も羽田からで(当時は見送りのみ)、たしか東京五輪が開催された年の1964年だった。ちなみにアタシの初めての海外旅行は成田が開港して間もなくの1980年だった。自慢ではないが国内線の飛行機にはまだ一度も乗ったことがない。
by ka2ka55 | 2011-08-23 23:59 | ニュース | Comments(0)

ミラノへ行こう(いつか)

イタリアのミラノへ(から)は日本から(へ)直行便(JALとアリタリア航空)が出ているが、そのせいかどうか、ミラノの空港といえば、市内から約50km離れたマルペンサ国際空港が唯一の空港と思われがち。つまり遠距離の国際線は例外なくこの空港を離着陸するからだ。ところがミラノにはもう一つ、なんと市内中心部からわずか5kmほどしか離れていない第二の空港としてリナーテ国際空港がある。日本で言えば、ちょうど成田と羽田のような関係。一昨年の3月、ミラノに行った際、ミュンヘン経由で往復したときもマルペンサ国際空港を利用したので、実はリナーテ国際空港の存在をつい最近まで知らなかった。リナーテは主に国内線と近距離の国際線に使用されているとのことだが、たとえばルフトハンザ航空でドイツ(フランクフルト)からミラノ入りする場合もミラノを出る場合も、両方の空港が使用されているのを確認。もちろんリナーテの方はまだ利用したことはないが、成田と羽田の位置関係を考えれば、どちらを利用した方が(少なくとも時間的には)有利であるか、答えは明白であろう。

*JALのミラノ直行便は昨年(2010年)9月を最後に廃止されたとのこと。
by ka2ka55 | 2011-02-12 17:52 | ニュース | Comments(0)