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独デュッセルドルフ発: 大災害後の福島県の医療最前線リポート(動画)

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YouTubeに公開されたばかりの(center.tv Düsseldorf制作)動画"Wege aus der Katastrophe - Wie Fukushima die Welt erobert"(直訳すると「大災害からの道 - いかに福島は世界を征するか」)(2部構成)が目にとまり、非常に興味深い内容なので取り急ぎ掲載することにした。



前半



後半

by ka2ka55 | 2017-02-12 12:15 | ニュース | Comments(0)

気になるオペラハウス(31)オルデンブルク州立劇場(Oldenburgisches Staatstheater)(独オルデンブルク)

▼オルデンブルク州立劇場(Oldenburgisches Staatstheater)(独オルデンブルク
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外観(Aussenansicht)
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内部(Innenansicht)

オルデンブルクと言われてすぐに正確な場所を示せる日本人はあまり多くないかもしれない。かくいう私もまったく方向を間違えていたぐらいなので、まだ行ったことはないのだが、Wikiによると「オルデンブルク (Oldenburg (Oldb))は、ニーダーザクセン州北西部に位置する代表的な都市である。およそ16万人の人口を有し、これは同州においては州都であるハノーファー、ブラウンシュヴァイク、オスナブリュックに次ぐ第四の規模にあたる。/なお、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に同名の町があるため、通常は Oldenburg の後に郡の略称である「(Oldb)」をつけて区別する」とあり、地図で確認すると、最も近い「大都市」は約40km東南に位置するブレーメンのようである。ちなみに哲学者カール・ヤスパース(Karl Theodor Jaspers, 1883-1969)の出身地でもあるとのこと。
そんなオルデンブルクにあるオペラハウスは、上記写真からもわかるように、建物の外観も内部もいかにもオペラハウスらしいオペラハウスだが、言い換えれば、ドイツ国内にはどこにでもあるようなオペラハウスであり、大ホール(Grosses Haus)のシート数は「827」とあるので、相当に小ぢんまりとした劇場と言えるだろう。
今回、同劇場に注目したのは、今月15日(10/15)にプルミエとして上演されたヘンデルのオペラ・セリア《アグリッピナAgrippina)》(HWV6)の公演がOpernnetz評(Intrigen mit Charme und Witz)で満点に評価されているのが目にとまったからだが、このような劇場でヘンデルのオペラの名演が観られたらどんなに幸せだろうと思わずにはいられない…。

by ka2ka55 | 2016-10-18 06:00 | Comments(0)

気になるオペラハウス(29)ハノーファー州立歌劇場(Staatsoper Hannover)(独ニーダーザクセン州)

▼ハノーファー州立歌劇場(Staatsoper Hannover)(独ニーダーザクセン州)
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Opernhaus Hannover (Foto: Wikimedia / Guandalug)

ハノーファーはニーダーザクセン州の州都。何度か訪れたことのある都市だが、歌劇場にはまだ行ったことはない。ツイッターを見ていたら今年度(2016年度)の「ドイツ演劇(舞台芸術)出版社賞(Preis der deutschen Theaterverlage)」に選ばれた旨の記事(下記一部引用)が目にとまったので取り上げることにした。
Preis der Theaterverlage an Staatsoper Hannover
06. Oktober 2016 - 15:18 Uhr
Berlin (MH) – Die Staatsoper Hannover erhält den diesjährigen "Preis der deutschen Theaterverlage". Das teilte der Verband Deutscher Bühnen- und Medienverlage am Donnerstag mit. Unter der Leitung von Intendant Michael Klügl pflege das Haus intensiv ein modernes Repertoire, das in exemplarischen Regieumsetzungen dargeboten werde, hieß es in der Begründung. Der undotierte Preis wird am 26. November im Rahmen der Premiere der Oper "Die Englische Katze" von Hans Werner Henze verliehen.
▼参考動画








by ka2ka55 | 2016-10-07 04:30 | オペラ | Comments(0)

『車輪の下(Unterm Rad)』の翻訳をめぐるあれこれ(1)

▼今回は訳語というよりもドイツ語に特有の表現の訳し方を吟味。

第一章に戻って、州試験(Landexamen)を受験するためにシュトゥットガルトへ行く前日の就寝前のハンスと父親の会話:

▼原文(Hermann Hesse Unterm Rad Suhrkamp BasisBibliothek 34 pp.19-20)
»Gut’ Nacht, Hans. Schlaf nur gut! Also um sechs Uhr weck ich dich morgen. Hast du auch den Lexikon nicht vergessen?«
»Nein, ich hab ›den‹ Lexikon nicht vergessen. Gut’ Nacht!«
何も問題なさそうな単純な会話に見えるが、翻訳にさいしては悩ましい問題が含まれているので取りあげることにした。今回は、まず英訳から引用する。

▼英訳①(Penguin Modern Classics版The Prodigy
 ‘Goodnight, Hans. Mind you sleep well! I’ll wake you at six then. You haven’t forgotten your dictionary, have you?’
  ‘No, I have not forgotten the lexicon. Goodnight!’

▼英訳②(Kindle版Beneath the Wheel
 “Good night now, Hans. Make sure you sleep well. I’ll get you at six. You haven’t forgotten to pack your word book, have you?”
 “No, I haven’t forgotten to pack may dictionary. Good night, Father.”

以下、これまでと同様、10氏の訳を出版年が古い順に引用する。

秋山六郎兵衛(1900-1971)訳
 「おやすみ、ハンス。よく眠るんだよ。じゃ、明朝は六時に起こしてやろう。百科事典は忘れていないだろうな」
 「ええ、あの百科事典は忘れていません。おやすみなさい」

高橋健二(1902-1998)訳
 「お休み、ハンス。よく眠るんだよ。じゃ、あすの朝六時に起こしてやるからね。字引きも忘れはしなかったか?」
 「うん、字引きなんか忘れやしないよ。お休みなさい」

秋山英夫(1911-1991)訳
 「おやすみ、ハンス。よくねむるんだよ。じゃあしたは六時におこすからね。字ひきも忘れてはいまいね。」
 「うん、字ひきなんかわすれちゃいないよ。おやすみ!」
*引用者注: 「字ひき」の下線は原文では強調の傍点。

実吉捷郎(1895-1962)訳
 「おやすみ、ハンス。ようくねむるんだぞ。じゃ、あしたは六時におこしてやる。それから字典(じでん)も忘れてはいないだろうな。」
 「ええ。『字典(じでん)』は忘れちゃいませんよ。おやすみなさい。」

辻瑆(1923-)訳
 「おやすみ、ハンス。よく眠るんだよ! じゃあ明日は六時に起こすからね。字ん引きも忘れてないないだろうな?」
 「うん、字ん引きは忘れてないよ。おやすみなさい」
*引用者注: 「字ん引き」の下線は原文では強調の傍点

岩淵達治(1927-2013)訳
 「おやすみハンス。よく眠るんだぞ。じゃ朝六時に起こすからな。クショナリーは忘れてないかい」
 「ディクショナリーは忘れていっこないよ。おやすみなさい」
*引用者注: 下線はいずれも原文では強調の傍点

登張正実(1916-2006)訳
 「おやすみ、ハンス。よくねむるんだよ。じゃあ、あすは六時に起こすからね。字引きもわすれてないだろうな」
 「うん、字引きをわすれちゃいないよ。おやすみなさい」

井上正蔵(1913-1989)訳
 「おやすみ、ハンス。よく眠るんだぞ。じゃあ、あしたは六時に起こしてやるからな。それから、字引きも忘れてないだろうな」
 「もちろん字引きは忘れっこないよ。おやすみなさい」

伊藤貴雄(1973-)訳
 「おやすみ、ハンス。よく眠るんだぞ! 六時には起すからな。辞書(デア・レキシコン)も忘れてないだろうな?」
 「うん、辞書(デア・レキシコン)は忘れっこないよ(14)。おやすみ!」
*訳者注:
(14)ドイツ語では「辞書」(Lexikon)は中性名詞なので、本来なら「ダス・レキシコン」と発音すべきところを、父親がまちがったのである。ハンスは面倒がって、あえてそれを訂正しない。

松永美穂(1958-)訳
 「お休み、ハンス。よく寝るんだよ! 明日は六時に起こすから。字い引きは忘れてないだろうね?」
 「ええ、字い引きは忘れていませんよ(4)。おやすみなさい!」
*引用者注: 「字い引き」には「字(じ)い引(び)き」とふりがな
*訳者注:
(4)ハンスの父親は無学で、Lexikonという単語が中性名詞なのに男性名詞でしゃべっている。ハンスも父親を傷つけないように、父の間違った言葉をそのままくりかえしているのである。

▼関連記事
⑦追記: 『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(2) 2016-06-21
⑥続)『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)2016-06-16
⑤『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)2016-06-16

④補足:続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-06-01
③続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-21
②続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-17
①ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-12


by ka2ka55 | 2016-06-23 11:21 | 翻訳 | Comments(0)

追記: 『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(2)

▼「『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(2)」(2016-06-19)の追記

▼原文(Hermann Hesse Unterm Rad Suhrkamp BasisBibliothek 34 p.38)
Ein zweites Rotauge biß an und kam heraus, dann ein kleiner Karpfen, für den es fast schade war, dann hintereinander drei Kresser.
上記原文中、"Kresser"に関して、以下のように書いた:
"Kresser"とは"Gründling"の別名(もしくは方言名)であり、学名"Gobio gobio"、英名"gudgeon"のコイ目(Cypriniformes)・コイ科(Cyprinidae)・カマツカ亜科(Gobioninae)・ゴビオ属(Gobio)に分類される、日本に分布する「カマツカ」に似た(したがって)「ヨーロッパカマツカ」とも称される種ではないかと思われる。いずれにしても、そもそも「ハゼ」はスズキ目・ハゼ科の主に海水魚であるという点でまったく別種であろう。
以上、間違いではないのだが、もうすこし調べると、"Gründling"には別名として"Grundel"もあるとのこと(参照サイト)。そして、この"Grundel"は上のゴビオ属(Gobio)とは別の属をも指すらしい。たとえば、郁文堂「独和」で"Grundel"を引くと以下のように記載されている:
1 きたのかまつか(欧州産のこい科の小魚). 2 しじみはぜ属
つまり、「カマツカ亜科」の種名であると同時に、これとは別の科の属名を指すというわけだが、正確には、「しじみはぜ」は属名ではなく種名であり、属名は「クモハゼ属」のようである(下記参考文献参照)。したがって、分類は「スズキ目(Perciformes)・ハゼ亜目(Gobioidei)・ハゼ科(Gobiidae)・ハゼ亜科(Gobiinae)・クモハゼ属(Bathygobius)・シジミハゼ(Bathygobius petrophilus)」となる。
ここで興味深いのは、見ればわかるように、「カマツカ亜科(Gobioninae)」と「ハゼ亜科(Gobiinae)」の学名表記がきわめて似ていること。ちなみに「ハゼ」の英名は「Goby」であり、「ゴビオ属(Gobio)」とも似ているのが気になる。可能性として、これによる混同が生じたのではないか。

*参考文献として(畏れ多くも)こんな論文(明仁親王・目黒勝介著『日本で採集されたクモハゼ属 Bathygobius 6種について』魚類学雑誌別冊27 号: 215-236, figs. 1-14. 1980年11月30日)が見つかりました。

以上、まとめると、原文の”Kresser"すなわち"Gründling"の別名としての"Grundel"は、カマツカ亜科の一種である「ヨーロッパカマツカ(学名: Gobio gobio)」とハゼ亜科の一種である「シジミハゼ(学名: Bathygobius petrophilus)の二種類を指すが、それぞれの分布(Distribution)が示すように、後者はヨーロッパには分布しておらず、ヨーロッパに分布しているのは前者のみであることがわかる。したがって、原文の"Kresser"を「ハゼ」とするのは誤訳であろう。
by ka2ka55 | 2016-06-21 04:19 | 翻訳 | Comments(0)

『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(2)

▼今回は第2章(原文では第5段落)中やはりどうしても気になる訳語があるので、魚編の第2弾(2)として吟味します。

ハンスが州試験(Landexamen)に合格した後、夏休みに地元(ドイツ南西部のシュヴァーベン地方)の川で釣りを楽しむシーンだが、釣り上げる数種類の魚の特徴を含めて、きわめて具体的に描写されている。

▼原文(Hermann Hesse Unterm Rad Suhrkamp BasisBibliothek 34
Ein zweites Rotauge biß an und kam heraus, dann ein kleiner Karpfen, für den es fast schade war, dann hintereinander drei Kresser.

以下、(1)と同様、出版年の古い順に10氏の邦訳と英訳2例を引用:

秋山六郎兵衛(1900-1971)訳
二匹目のウグイが食い上がって来た。それからほとんど可哀そうに思われるほどの、小さな、次には、続けざまにハゼが三匹。

高橋健二(1902-1998)訳
二度めのウグイがくいついて、引き上げられた。それから小さなコイ。小さいのが残念だった。それから、続けざまにハゼを三匹。

秋山英夫(1911-1991)訳
二どめのうぐいが食いついてきて釣りあげられ、そのつぎは釣ったのが残念なくらいの小さいこい一ぴき、つぎにはつづけざまにかますか(ママ)を三びき。

実吉捷郎(1895-1962)訳
二ひき目のあかはらがえさにかかって、つり出されてきた。つぎには、つるのがきのどくなくらいの、小さなこい。そのつぎはつづけざまにはぜが三びき。

辻瑆(1923-)訳
二番目のあかはらが食いついて、釣りあげられた。それから、まだ釣るのが惜しいような、ちっちゃな。それからつづけざまにはぜが三匹。

岩淵達治(1927-2013)訳
二匹めのウグイが餌につき、釣りあげられた。それから釣るのもかわいそうなほどの小さながかかった。それから続けざまにハゼが三匹釣れた。

登張正実(1916-2006)訳
二番目のあかはらがくいついて、釣りあげられた。つぎは、いま釣ってはもったいないようなちっぽけな、それからつづけざまにかわひめますが三匹。

井上正蔵(1913-1989)訳
二匹めのあかはらがかかって、釣りあげられた。こんどは、釣るのがかわいそうなくらいの、小さながかかった。それからはぜがつづけざまに三匹。

伊藤貴雄(1973-)訳
二匹目のウグイがかかり、釣りあげられた。つづいて、釣るのも気の毒なくらいの小さなコイがかかった。それから、たてつづけにハゼが三匹。

松永美穂(1958-)訳
二匹目のウグイが食いついて引き上げられた。それから釣り上げるのが申し訳ないほど小さなが、さらに続けて三匹のハゼがかかった。

▼英訳①(Penguin Modern Classics版The Prodigy
A second rudd bit and was landed, then a small carp that he felt almost ashamed not to throw back, then three gudgeon in succession.

▼英訳②(Kindle版のBeneath the Wheel
A second rudd bit and was landed, then a carp almost too small to be worth the truble; then, one after the other, three gudgeons.

以上のように、今回は3種類の魚が挙げられているが、問題となるのは「Karpfen(コイ)」以外の2種類(Rotauge / Kresser)の訳語。

まず、"Rotauge"ついては、「ウグイ」と「あかはら」がほぼ半々(6:4)だが、英訳は"rudd"で一致している。
尚、"Rotauge"について原文では以下のように特徴が描かれている。
Man kennt sie gleich am breiten, weißgelblich schimmernden Leib, am dreieckigen Kopf und namentlich an dem schönen, fleischroten Ansatz der Bauchflossen.
(高橋訳: 淡黄色に光る幅広のからだと、三角の頭と、とりわけ美しい肉色がかった腹びれによって、すぐ見分けがついた。)
「ウグイ」はともかく「あかはら」は(鳥名では有名)耳慣れないため検索してみると、どうやら「ウグイ」の別名もしくは地方名らしく、とくに北海道では産卵期になると婚姻色が出て腹の周りが赤くなることからそのように呼ばれるとのこと。これで納得はできるが、「ウグイ」については前回も指摘したようにほぼ日本固有種に等しく、ヨーロッパに分布する似た種は「デイス」もしくは「ヨーロッパウグイ」のため「ウグイ」はもちろん「ウグイ」の別名にすぎない「あかはら」はやはり"Rotauge"の訳語としては不適切と思われる。
独和辞典を引いてみると、「(Plötze)ドウショク(銅色)(魚)ウグイ〔の一種〕」(大独和)、「<魚>銅色ウグイ」(言林)、「うぐい亜科の淡水魚の一種(目と鰭(ひれ)が赤い)」(郁文堂)などと記載されているが、この中では「郁文堂」が具体的な名称を挙げていないものの最も適切な説明かもしれない。そもそも"Rotauge"を直訳すれば「赤目」に違いない。
では、英訳の"rudd"はどうか。これは「ラッド」と読み「ローチに似た欧州産淡水魚
(European freshwater fish resembling the roach)」(
日本語WordNet(英和))とある。ところが、英独で"rudd"を検索してみると"Rotfeder"または"Unechtes Rotauge"がヒットする。どうやら、"Rotauge"に対応するのは"rudd"ではなく"roach"のようである。
以下、釣り関連のサイト(Farnham Angling Society)に掲載されている「ラッド」と「ローチ」の比較の図(rudd-roach-comparison
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まあ、なんてことはなく、"Rotauge"をネット検索すると真っ先にヒットするのはWikiの記事であり、これの日本語版は「ローチ (コイ科)」となっていて以下のように記載されている。
ローチ (英: Common Roach、学名:Rutilus rutilus) は、コイ目コイ科に分類される魚。ユーラシア大陸の流れが緩やかな川や池などに生息する淡水魚である。

形態的にはラッドと非常によく似ているため、しばしば混同されるが、ラッドは、目の色が黄色でなく深紅色であることや背びれの筋が8-9本と若干少ないことで見分けられる。さらにややこしいことに、これらの種は交雑して雑種を作ることもできる。
ここまで(分類学上)はっきりしている以上、もはや「ウグイ」や「あかはら」を"Rotauge"の訳語として選ぶ理由はないだろう。

むしろ難題は"Kresser"の訳語である。「かますか(ママ)」(秋山英夫訳)と「かわひめます」(登張訳)以外の8氏はすべて「ハゼ/はぜ」と訳している。尚、ヘッセはこの魚の特徴について以下のように描写している:
Sie haben einen fetten, kleinschuppigen Leib, dicken Kopf mit drolligem weißem Bart, kleine Augen und einen schlanken Hinterleib. Die Farbe ist zwischen Grün und Braun und spielt, wenn der Fisch ans Land kommt, ins Stahlblaue.
(高橋訳: これはせいぜい手さきほどの長さになるもので、うろこの小さい脂ぎったからだをしており、分厚な頭にはおどけた白いひげがあり、目は小さく、後半身はすらりとしていた。色は緑と褐色のあいだで、陸に上げられると鋼色を帯びた。
なぜ「難題」かと言うと、"Kresser"という単語は独和にも独独にも載っていないからなのだが、原文では複数形であることは間違いなく、だとすれば単複同形なのか(たとえばWasserなどと同様に)、それとも-er式の複数語尾が付されているのか(だとすれば単数はKress)、いずれにしても魚を意味する単語は見当たらない。ただし、Suhrkamp社版の原文には"Fisch aus der Familie Gründlinge"(Gründling科の魚)という原注が記載されている。
そこで"Gründling"を検索してみると、最初にヒットするのが、やはりWikiの記事であり、「Der Gründling (Gobio gobio, auch Kresse[1] und landschaftlich Kressling[2] oder Kreßling genannt) 」と記載されている。つまり別名として学名の"Gobio gobio"のほか, "Kresse", "Kressling", "Kreßling"は挙げられているが、"Kresser"は挙げられていないのである。
とはいえ、原注に従えば、"Gründling"と称される魚とみなす以外になく、Wikiの同項目の日本語版はないので英語版をみると、これが英訳①②の"gudgeon"であることがわかる。
つまり"Kresser"とは"Gründling"の別名(もしくは方言名)であり、学名"Gobio gobio"、英名"gudgeon"のコイ目(Cypriniformes)・コイ科(Cyprinidae)・カマツカ亜科(Gobioninae)・ゴビオ属(Gobio)に分類される、日本に分布する「カマツカ」に似た(したがって)「ヨーロッパカマツカ」とも称される種ではないかと思われる。いずれにしても、そもそも「ハゼ」はスズキ目・ハゼ科の主に海水魚であるという点でまったく別種であろう。以下、"Gründling"を撮影したとされる動画を参考までに掲載する:



追記を読む

▼関連記事
⑥続)『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)2016-06-16
⑤『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)2016-06-16

④補足:続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-06-01
③続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-21
②続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-17
①ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-12


by ka2ka55 | 2016-06-19 08:15 | 翻訳 | Comments(0)

続)『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)

前回の続き

▼原文
Er hatte doch manchen saftigen Karpfen herausgezogen, und Weißfische und Barben, auch von den delikaten Schleien und von den kleinen, schönfarbigen Elritzen.

そして、いささか厄介なのが最後のElritzen(単数形はElritze)の訳語。邦訳は(まるで談合でもしたかのように)すべて「ヤナギバエ/やなぎばえ」となっているのに対して、英訳ではminnowsとshinersに割れている。
まず、「ヤナギバエ」と聞いて実物を思い浮かべられる日本人はどれほどいるだろうか。漢字では「柳鮠」と書くようなので「鮠(はや)」の一種のように思えるが、それほど一般的とも思えない。そこで辞書を引いてみると、「ヤナギバエ(柳鮠),トゲウオ(刺魚)」(『大独和』)、「やなぎばえ,ミノウ(好んで海岸のEller<はんのき>の下に集まる)」(『言林』)とあり、「クラウン独和」には記載されていないが、郁文堂「独和」には「ひめはや(姫鮠)」と記載されている。このように辞書によって異なる魚名が記載されているにもかかわらず、10氏の訳語はなぜ「ヤナギバエ」で一致してしまっているのか。そもそも「ヤナギバエ」とはどんな魚なのか…。
そこで「ヤナギバエ」をネットで検索してみると真っ先にヒットするのが以下の「カワヒガイ」と称される魚のWikiの記事:
カワヒガイ(河鰉、学名:Sarcocheilichthys variegatus variegatus)はコイ科カマツカ亜科に属する魚。日本固有種である。サクラバエ、ヤナギバエの別名がある。形態がよく似るビワヒガイ S. v. microoculus とは亜種の関係となる。
つまり、これもやはりコイ科の日本固有種のカワヒガイの「別名」らしいことがわかる。しかし、すでに2番目のWeißfischeの例として挙げられていたように、"Elritze"も「ウグイ亜科(Leuciscinae)」の淡水魚のはずだが、同記事にあるように、カワヒガイはコイ科であってもウグイ亜科ではなくカマツカ亜科に属するという点で別種であることもわかる。したがって、"Elritze"をカワヒガイの別名である「ヤナギバエ」とするのは間違いであることは言うまでもなく、そもそも日本固有種の名前にすること自体、非常識とも言える。いい加減にも程がある。
念のため調べると、Wikiの記事以外に「カワヒガイ(河鰉)」に関して、「コイ目・コイ科・ヒガイ亜科・ヒガイ属」と記載されている「魚類図鑑」もあるが、この場合も学名(Sarcocheilichthys variegatus variegatus)は同一であり、「別名・地方名」として「ヤナギバエ」が挙げられているので、やはり"Elritze"とは明らかに別種である。
それでは、"Elritze"の訳語として何が適切なのか。
まず第一候補として挙げられるのが「ミノー(minnow)」だろう。Wikiの日本語の「ミノー」の項目には「ミノー(英: Common minnow、Phoxinus phoxinus )はコイ目コイ科に属する淡水魚」としか記載されていないが、分類には「コイ目・コイ科・ウグイ亜科・ヒメハヤ属・ミノー」 とあり、ドイツ語版の"Elritze"の記載内容と完全に一致する。ちなみに学名は「Phoxinus phoxinus」とあるので、カワヒガイ(ヤナギバエ)の学名「Sarcocheilichthys variegatus variegatus」とはまったく異なることもわかる。
また、"Elritze"の別名として"Pfrille"が挙げられており、たとえば郁文堂「独和」を見ると「フォクシヌス(ユーラシア大陸に広く分布する、こい科の小魚)」と記載されているが、「フォクシヌス」はミノーの属名"Phoxinus"(ヒメハヤ属)のカナ表記にすぎない。

▼以上、色分けした原文の5種の魚名の訳語を吟味した結果として、それぞれ以下の訳語を挙げておきます:
Karpfen(コイ) /Weißfische(デイス) /Barben(バーベル)/Schleien(テンチ)/Elritzen(ミノー)/

by ka2ka55 | 2016-06-16 01:38 | 翻訳 | Comments(0)

『車輪の下(Unterm Rad)』の中の訳語をふたたび吟味する ―魚編―(1)

▼前回の記事
④補足:続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-06-01
③続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-21
②続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-17
①ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-12

前回、《車輪の下(Unterm Rad)》第二章冒頭の自然描写の中で茸(Pilz/mushroom)の名称として挙げられている"Bocksbart"の訳語に関してあれこれ書いたわけだが、あらためて同小説の翻訳を読んでみると、とくに動植物の名称の中に気になる訳語が多いことに気づく。今回は第一章の初めのほう(21段落目)で挙げられているいくつかの魚の名称の訳語について吟味してみたい。原文は以下の通り。
Er hatte doch manchen saftigen Karpfen herausgezogen, und Weißfische und Barben, auch von den delikaten Schleien und von den kleinen, schönfarbigen Elritzen.
ハンスが神学校の州試験(Landexamen)を受けるためにシュトゥットガルトへ行くのを前日に控えて小学校時代に楽しんだ魚釣りの思い出にふけるシーン。そのため時制は過去完了であり、それを含めて文法的にも気になる一文なのだが、なりより目を引くのは、わずか22語から成る文の中に(色分けしたように)5種類の魚が挙げられていること。そこで、前回同様、17種類ある邦訳(②を参照)の中で以下の10氏の訳文(出版の古い順)、および英訳を2種類引用させてもらう。

秋山六郎兵衛(1900-1971)訳
 彼は威勢のいいをたくさん釣り上げたものだし、また銀色ウグイ白魚や、味のいいウグイや、小さく、珍しい、美しい色彩の柳鮠(やなぎばえ)などたくさん釣ったことがある。
高橋健二(1902-1998)訳
 彼は生きのいいコイをなんども釣り上げたことがあった。銀ウグイや、おいしいウグイや、小さい珍しいヤナギバエなども釣った。
*引用者注: ”Barben"の訳が抜けている

秋山英夫(1911-1991)訳
 いきのいいこいをたくさん釣りあげたことがあった。銀うぐいしらうお、それに味のいいうぐいだって、小さくて、たまにしかいない、色のきれいなやなぎばえさえ釣ったこともあったのだ。
実吉捷郎(1895-1962)訳
 かれはじっさい、威勢のいいこいを、ずいぶんつりあげたことがあるし、銀いろうぐいだの、ひげの長いこいだの、そのほか味のいいうぐいだの、小さい、色の美しいやなぎばえだのも、つったことがある。
辻瑆(1923-)訳
 生きのいいを釣りあげたこともたびたびあったし、銀うぐいにごい、それに味のいいうぐいや美しい色をした小さなやなぎばえも釣ったのだった。
岩淵達治(1927-2013)訳
 彼だってよくいきのいいを釣り上げたものだ。ウグイニゴイも、また小さなコイ、美しい色のヤナギバエも釣ったのだ。
登張正実(1916-2006)訳
 したたかなをつりあげたことだって何度かあったし、うぐいにごい、それにおいしいシュライ(鯉の一種)や小さくて、色のきれいなやなぎばえだって釣ったことがあるんだ。
井上正蔵(1913-1989)訳
 よく生きのいいを釣りあげたことがあるし、ほかにもうぐいにごい小鯉や、美しい色のやなぎばえも釣ったことがある。
伊藤貴雄(1973-)訳
 じっさい、生きのいいコイをいっぱい釣りあげたものだ。ヴァイスフィッシュ(12)も、バーベルも、それにおいしいテンチや、小さくて美しいヤナギバエだって。
*引用者注: 訳者注によると「(12)Weissfische(学名 Alburnus alburnus)英名はブリーク。ヨーロッパの代表的な淡水魚のひとつ」(p.158)とある

松永美穂(1958-)訳
 ハンスは何度も生きのいいを釣り上げたことがあったし、シロウグイニゴイ、味のいいテンチや小さくて珍しい、色のきれいなヤナギバエなども釣ったものだった。

▼英訳①(Penguin Modern Classics版The Prodigy
He had pulled out many a tender carp, dace and barbel; delicate tench, too, and tiny, prettily-coloured minnows.
▼英訳②(Kindle版のBeneath the Wheel
Hadn’t he caught many a juicy carp and whiting and barbel and delicate tench and many pretty shiners?

まず最初のKarpfen(単複同形)の訳語として日本語と英語の「鯉(こい/コイ)/carp」には問題はないだろう。

次のWeißfischeは"Weißfisch"の複数形だが、この訳語には大いに問題がありそう。たとえば、小学館の「独和大辞典」(1999年初版、以下「大独和」)には「コイ(鯉)科の魚」とだけ記載され、白水社の「独和言林」(1961年初版、以下「言林」)には「銀色うぐい」と記載されている。
英訳は"dace"と"whiting"になっているが、"whiting"はドイツ語の「白」を意味する"Weiß"から類推されたと考えられるが、これは海水魚なので不適切(誤訳)。一方、"dace"は「デイス」と表記される「ヨーロッパ産のコイ科の淡水魚」または「米国産のコイ科のハヤに似た魚」と研究社の「新英和中辞典」には記載されている。
和訳では伊藤訳だけがなぜか「ヴァイスフィッシュ」と原語をそのままカナ表記し、学名(Alburnus alburnus)と英名(ブリーク)まで挙げて注釈を加えている。
ためしに、オンラインのDUDENで"Weißfisch"を検索すると「in mehreren Arten vorkommender, silbrig glänzender kleiner Karpfenfisch (例:Elritze, Ukelei)」とある。つまり特定の限定された魚の名前ではなく、「多くの種で見られる銀色に輝く小型のコイ科の魚(例えば、Elritze, Ukelei)」を指す総称のようである。例示されている"Elritze"は原文で最後に挙げられているが、"Ukelei"は伊藤訳の注にある「ブリーク」に対応するようでもある。
また、Wissen.deでも"Weißfisch"を検索してみると「 (geringwertiger) kleiner Karpfenfisch von silberweißer Farbe (z. B. Aitel, Elritze)」つまり「(価値の低い)銀白色の小型のコイ科の魚(例:Aitel, Elritze)」とあるが、例示された"Aitel"は"Döbel"の異名らしく、Wikiの記事によると日本語では「チャブ」と称される「ヨーロッパの流れの緩やかな川や運河等に住む、ウグイ亜科の淡水魚」とのこと。
さらに、WikiのWeißfischの記事にも以下のように記載されている:
Als Weißfische werden verschiedene meist kleinere, silbrig-weiß gefärbte Arten der Karpfenfische (Cyprinidae) zusammengefasst. Der Begriff stellt keine biologische Klassifikation dar, sondern gehört der Angler- und Küchensprache an. Gemeinhin werden jedoch die Arten der Unterfamilie Leuciscinae als Weißfische bezeichnet.
(訳)大部分は小型で銀白色のさまざまな種類のコイ科(Cyprinidae)の魚が"Weißfische"として括られる。"Weißfische"は生物学的分類ではなく、釣り人用語や料理用語に属する。しかし、一般にウグイ亜科の種は"Weißfische"と呼ばれる。
さて、どの訳語が正しいのか……
邦訳では「ウグイ」が圧倒的に多いが、これは日本では最もポピュラーな名称の1つであり、「ウグイ」と言われれば実物が想像しやすいということもあるかもしれない。じっさいに「ウグイ亜科(Leuciscinae)」の淡水魚のいずれかを指しているのは間違いないので、「ウグイ」でも問題なさそうに思えるが、よく調べてみると、日本で「ウグイ」(学名: Tribolodon hakonensis)と呼ばれる種は英名では"Japanese dace"と呼ばれることからもわかるように、「沖縄地方と四国の瀬戸内側の一部を除く国内に広く分布していて、朝鮮半島や中国東北部、ロシア東岸などにも分布している」ものの、欧米には分布していないのである。つまり、欧米人から見ると日本のウグイは「日本産のコイ科のデイスに似た魚」ということになるのではないか。
というわけで、第一候補として、やはり「デイス」(dace)を挙げたいのだが、Wikiによると、「デイス」(学名: Leuciscus leuciscus)の正式な英名は"Common dace"または"Eurasian dace"であり、これは独名では"Hasel”に対応するらしい。ちなみに"Hasel"は種名で属名は"Leuciscus(ウグイ属)"、亜科名は"Weißfische (Leuciscinae)"とあるので間違いない。そして、「デイス」のもうひとつの和名が「ヨーロッパウグイ」と記載されている。
したがって、「デイス」もしくは「ヨーロッパウグイ」であれば問題ないが、「銀色ウグイ」や「銀ウグイ」はもちろん「シロウグイ」(松永訳)などは(すくなくとも分類学上の)和名としての存在が確認できず、不適切な訳語と言わざるを得ない。

次に、"Barben"(単数形は"Barbe")の訳語について吟味する前に、さまざまなコイ目の魚類(Karpfenartige Fische)(Cypriniden)の代表例の一覧が写真とともに掲載されているサイトがあるので、そこから原文に挙げられている魚(Karpfen(鯉)を除く)を抜粋して以下に引用する(尚、"Hasel"は"Weißfisch"の訳語を「デイス」(dace)とした場合の独名)。
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さて、"Barben"(単数形は"Barbe")の訳語だが、まず独和辞典を引くと、「バーベル(口辺にひげのある淡水魚.ニゴイの類)」(大独和)/にごい(の類,口辺に触鬚がある)」(言林)と記載されている。
ここで注意すべきは、「ニゴイの類」であって、「ニゴイ」そのものではないということ。じっさいに「魚類図鑑」で「ニゴイ(似鯉)」を検索してみると、「ウグイ」と同様に日本の固有種(日本・朝鮮半島・中国以外には分布しない)であり、「コイ目・ コイ科・カマツカ亜科・ニゴイ属」に分類され、学名は「Hemibarbus barbus」、英名は「Barbel steed」であることがわかる。一方、「バーベル」は、Wikiの記事によると、「コイ目・コイ科・コイ亜科・バルブス属」に分類され、学名は「Barbus barbus」、英名は「Common Barbel」であり、「ニゴイ」とは別の種であることがわかる。もちろん日本には分布せず「ヨーロッパから中国に分布し、モロッコやイタリアにも導入されている」とのこと。これが独名で"Barbe"と呼ばれる種の正体である。
したがって、英訳①②の訳語"barbel"には問題ないが、10氏の訳語のうち「バーベル」とされているのは伊藤訳のみであり、いささか悲惨な状況。高橋訳の訳ヌケは論外であることは言うまでもなく、「白魚」(秋山六郎兵衛訳)や「しらうお」(秋山英夫訳)などは明らかな誤訳であり、大半の「ニゴイ/にごい」も不適切な訳語と言えよう。

次に4番目のSchleien(単数形はSchleieもしくは稀に古くはSchlei)。これは比較的新しい大きめの独和辞典であれば、「テンチ(ヨーロッパ産のコイ(鯉)の一種)」(『大独和』)、「テンチ(コイ科の一種」(『クラウン独和辞典』第5版(2014年)」のように「テンチ」という、あまり聞きなれない名称が記載されている。ちなみに1961年初版の「言林」では"Schlei"の見出し語で「(欧州産の)鯉(の一種)」、1987年初版の郁文堂『独和辞典』では"Shleie"の見出し語で「(草魚に似た体長60cmに及ぶ)ヨーロッパ産のこい(鯉)科の淡水魚)」とあるが、Wikiの「テンチ」の記事には以下のように記載されている。
テンチ(学名:Tinca tinca)は、コイ目コイ科に属する魚類の一種。「ドクターフィッシュ」とも呼ばれる。ブリテン諸島を含む西ヨーロッパからオビ川・エニセイ川水系などアジア地域に至るまで、ユーラシア大陸に幅広く分布する淡水魚ないし汽水魚である[2]。バイカル湖にも生息する[2]。湖や低地を流れる河川など、流れの緩やかな水域で暮らしている[3]。
いずれにしても、英訳は両方とも"tench"と訳されていることからも「テンチ」で間違いないだろう。邦訳のうち比較的新しく出版された伊藤訳(2005年)と松永訳(2008年)では当然のことながら「テンチ」と適切に訳されているが、他の8例のうち「シュライ(鯉の一種)」とした登張訳(1972年)を含めて、いずれも適切とは言い難い。とくに岩淵訳(1966年)の「小さなコイ」と井上訳(1973年)の「小鯉」は、「おいしい」を意味する形容詞の"delicat"を「小さな」としてしまっている点で明らかな誤訳であろう。
しかし、テンチという魚は本当においしいのか…。Wikiの記事には「テンチは食用魚として利用され、味も良いとされる[4]。観賞魚・釣魚としての需要もあり、雑魚釣り (Coarse fishing) の対象になるほか、バス類の餌にも用いられる[2]。」とある。釣り対象の外来魚として日本にも導入されていることはたしかなようだが、食用となっているかどうかは不明。そこでネットを検索したところ、『完訳 釣魚大全』 (角川選書、1974年初版)という邦訳本がヒットし、興味深いことが書かれているので、すこし以下に引用:
 ヨーロッパでは、テンチは下等な魚と考えられていて、“犬も喰わない魚”とよばれる。日本ではやはり淡水魚に“猫マタギ”とよばれる鮠(はや)の変種があり、極端に不味な魚とされているが、これと似ているわけである。
                 (中略)
 ドイツ人はテンチを“靴屋”と呼び、これを食べるのは貧しいひとびとだけで、釣るにもやさしいために子供たちに喜ばれているという。このようにヨーロッパではテンチはさんざんな悪評だが、ひとつにはそれはテンチが泥底の不潔な場所をいとわず棲息するからであろう。
 このようにみてくると、日本の真鮒とまったくよく似ている。泥底を好むことや、寒期には泥にもぐり込んでしまう習慣や、誰にも釣れる点や、その容易な釣り方に至るまで、テンチは真鮒そっくりである。 P.401
つまり、上の写真を見てもわかるように、日本では「真鮒(マブナ)」に似た魚のようで、だとすれば、それほど不味い魚とも思えないので好みの問題かもしれない。 (つづく)

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by ka2ka55 | 2016-06-16 01:36 | 翻訳 | Comments(0)

補足: 続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より…

▼以下の記事の補足
③続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-21
②続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-17
①ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より… 2016-05-12

▼②の記事の中で英訳を一例挙げたが、別の英訳本(The Prodigy)を入手したので、それを引用するとともに若干補足する。

今回入手した英訳本は、タイトルが"The Prodigy"(意味は『神童』?)と訳されているため、本当に"Unterm Rad"の翻訳なのかと思えなくもないが、"Beneath the Wheel"と2種類のタイトルで翻訳されていることは間違いない。そして問題の箇所に関して、前述(以下参照)の翻訳と比べて決定的な違いは、他でもなく"Bocksbart"が訳出されている点である。
▼訳文(英語)(Penguin Modern Classics版The Prodigy
Close by were various kinds of fungi – the red, shiny fly-agaric, the broad fleshy mushroom, the adventurous Bear’s Paw fungus, the knobbly coral-mushroom and the odd, colourless, sickly-looking Pine Bird’s Nest.
さて、"Bocksbart"は"Bear’s Paw fungus"と訳されており、これを直訳すれば「熊の前足茸」となるが、もちろん和名でこんな名前の茸は存在しない。しかし、③で述べたように、「wissen.de」を検索した結果、"Ziegenbart"の同義語(Synonym)として挙げられた、"Korallenpilz; Keulenpilz; Bärentatze; Bocksbart; Judenbart; Krausbart; Clavaria"のうち、"Bärentatze"が"Bear’s Paw"に対応する語であることは間違いなく、したがって、この英訳は、すくなくとも同箇所に関しては正確であることがわかる。ちなみに同英訳本の初版は1961年であり、もし15年前にこれを参考にしていれば、やはり難なく解決していたかもしれない。

▼以下、③からの引用
▼原文
Daneben die vielerlei Pilze: der rote, leuchtende Fliegenschwamm, der fette, breite Steinpilz, der abenteuerliche Bocksbart, der rote, vielästige Korallenpilz; und der sonderbar farblose, kränklich feiste Fichtenspargel.

▼訳文(日本語): 松永美穂(1958-)訳(光文社古典新訳文庫版『車輪の下で』、2007年12月20日初版第1刷発行)
その横にはたくさんの種類のキノコがあった。赤く光るベニテングダケ、肉厚で幅広なヤマドリタケ、奇怪なバラモンジン、赤くてたくさん枝分かれしているサンゴタケ、そして奇妙に色のない、病的に太ったシャクジョウソウ。

▼訳文(英語)(Kindle版Beneath the Wheel
Next to them all kinds of mushrooms: the shiny red fly-agaric, the fat and fleshy ordinary mushroom, the red tangled coral-mushroom, the curiously colorless and sickly-looking Pine Bird’s Nest.

by ka2ka55 | 2016-06-01 22:51 | 翻訳 | Comments(0)

続続)ヘルマン・ヘッセに捧ぐ: 誤訳を見つけて御役に立てれば何より…

前回のつづき

▼あらためて問題の原文と訳文(日本語と英語)
▼原文
Daneben die vielerlei Pilze: der rote, leuchtende Fliegenschwamm, der fette, breite Steinpilz, der abenteuerliche Bocksbart, der rote, vielästige Korallenpilz; und der sonderbar farblose, kränklich feiste Fichtenspargel.

▼訳文(日本語): 松永美穂(1958-)訳(光文社古典新訳文庫版『車輪の下で』、2007年12月20日初版第1刷発行)
その横にはたくさんの種類のキノコがあった。赤く光るベニテングダケ、肉厚で幅広なヤマドリタケ、奇怪なバラモンジン、赤くてたくさん枝分かれしているサンゴタケ、そして奇妙に色のない、病的に太ったシャクジョウソウ。

▼訳文(英語)(Kindle版Beneath the Wheel
Next to them all kinds of mushrooms: the shiny red fly-agaric, the fat and fleshy ordinary mushroom, the red tangled coral-mushroom, the curiously colorless and sickly-looking Pine Bird’s Nest.
今回、約15年ぶりに"Bocksbart"を調べていて痛感したのは、言わずもがなのネットの瞠目すべき進化である。翻訳に限らないとは思うが、何か調べようと思ったら、今やネットなしでは考えられないほど(玉石混淆とはいえ)情報量は凄まじいことになっている。

たとえば、15年前に「wissen.de」のようなサイトがあれば、本件は一瞬で解決したはずであり、同サイトで"Bocksbart"を検索した結果を以下に示す。
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これを見れば一目瞭然なのだが、"Bocksbart"にはキク科植物(Korbblütler)としてのBocksbartと担子菌類すなわちキノコ(Ständerpilz)としてのBocksbartがあり、後者は"Ziegenbart"の同義語(Synonym)ということがわかる。
じつは、"Ziegenbart"は小学館の「独和大辞典」にもあり、「(1)(a)ヤギのヒゲ(b)(人間のあごの下に生やす)やぎひげ(2)(植)ホウキタケ(箒茸)属」と記載されている。ちなみに同大辞典の初版は1999年だが、私が現在所有している最も古い独和辞典である1961年初版発行の「独和言林」(白水社、佐藤通次著)にも「1)やぎの髭;<比>やぎ髯(あご下の髯)2)<植>はなびらたけ」と記載されている。どうやら「はなびらたけ」よりも「ホウキタケ」のほうが正しいようだが、いずれにしても、ヘッセがもし問題のキノコの名前を"Bocksbart"ではなく"Ziegenbart"と書いていてくれたら誤解(誤訳)は生じなかったかもしれない。

要するに、ヘッセがキノコの一種として挙げた"Bocksbart"は"orangegelber, korallenartig verzweigter Keulenpilz"すなわち「橙黄色の珊瑚状に枝分かれしたホウキタケ」ということになるが、いささか厄介なのは「ホウキタケ」には一般的に少なくとも4種類あること。すなわちホウキタケ(Ramaria botrytis)、ハナホウキタケ(Ramaria formosa)、キホウキタケ(Ramaria flava)、コガネホウキタケ(Ramaria aurea)。()内の学名が示すように、それぞれ色や形などが異なり厳密に分類・区別されていることがわかる。とくに「キホウキタケ」と「コガネホウキタケ」は混同されやすいとされているが、独名では前者を"Gelber Ziegenbart"、後者を"Goldgelber Ziegenbart"または"Goldgelbe Koralle"と呼ばれているようである。参考までに、以下に「キホウキタケ」(左)と「コガネホウキタケ」(右)の写真を掲載するが、たしかに見ようによっては「ヤギのヒゲ」を連想させる形状であり、 "abenteuerlich(奇怪な)"と形容されても不思議ではない。
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しかし、ここでさらに厄介なのは、ヘッセが4つ目に挙げたキノコの"Korallenpilz"もやはり「ホウキタケ」と呼ばれるということ。じっさいに、wissen.deによると、"Ziegenbart"の同義語として、"Korallenpilz; Keulenpilz; Bärentatze; Bocksbart; Judenbart; Krausbart; Clavaria"が挙げられている。すなわち分類学的には、ホウキタケ属(Ramaria)は約200種のcoral fungi(ホウキタケ類)から成るとされている。

一方、「独和言林」(1961年初版)を見ると、「Korallenpilz=Ziegenbart」とあるが、「独和大辞典」(1999年初版)の"Korallenpilz”には「(植)サンゴハリタケ(珊瑚針茸)(食用キノコ)」と記載されている。これはいったいどういうことなのか。”Koralle”はたしかに「珊瑚」を意味するが、和名で「サンゴタケ(珊瑚茸)」に分類されるキノコは存在しない。「サンゴハリタケ」の学名は「Hericium coralloides」であり、これはサンゴハリタケ科に属するまったく別のキノコ(独名はStachelbärte)である。したがって、断定はできないものの、「独和大辞典」の記述は誤りの可能性がある。と同時に、上の松永訳の「サンゴタケ」は明らかに誤りであって、翻訳者が好き勝手に命名してよいはずがない。いや、これは翻訳者だけの責任とは言えないかもしれない。
 翻訳に際しては、企画の段階から訳稿のチェックに至るまで、T.K.さんには大変お世話になった。また、光文社のM.K.さん、T.N.さん、T.S.さんにはアドヴァイスや励ましをいただいたほか、綿密なチェックもしていただき、いろいろと助けていただいた。これらの方々、また直接お会いすることのなかった校閲の方々にも、心から感謝したい。また、これまでに本作を訳された方々のお仕事も参考にさせていただきました。ありがとうございました。 p.307
氏名はあえてイニシャルにしたが、「訳者あとがき」(pp.304-308)でこのように書かれているのを素直に読めば、いったいどんな「綿密なチェック」をしていたのかと思わざるをえない。

長々とごちゃごちゃ書きましたが、結論として、ヘルマン・ヘッセが「車輪の下(Unterm Rad)」第二章の冒頭の「自然描写」の中で挙げた"Bocksbart"は"Ziegenbart"を意味し、「キホウキタケ」または「コガネホウキタケ」と呼ばれるキノコの一種であり、キク科植物の「バラモンジン(ばらもんじん)」では決してないということだけは、あらためて指摘しておきたい。また、今後、既刊の邦訳が改訂され、もしくは新訳が刊行される際には、訂正されることを強く望みます。 (了)

補足を読む

by ka2ka55 | 2016-05-21 11:28 | ドイツ語/外国語 | Comments(0)