Das Notizbuch von ka2ka ― ka2kaの雑記帳

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朗報?

うっかりしていたが、今回と同じ演出の《ヴォツェック》は早くも再演されるとのこと。来年の4月16日(金)、21日(水)、24日(土)。もちろん初台ではなく、ミュンヘンで。
したがって、今回見逃した方にとって、いやもう一度観たいという(物好きな)方にとっても、これは朗報(?)であろう。
ちなみに再演でのマリー役は、ヴァルトラウト・マイアーWaltraud Meier)。しかし、マイアーといえば、やっぱりメゾソプラノではないか。
by ka2ka55 | 2009-11-30 18:55 | ニュース | Comments(0)

Hurenkind ― 《ヴォツェック》鑑賞記に代えて(2)

(1)のつづき
ただし、《ヴォツェック》の中でこの単語が使われているのは一箇所のみ。だから余計に目立つのか。第1幕 第3場でマリーが登場して、マルグレートとからんだ後、子守唄を歌うシーンの前に子どもにつぶやく際の台詞の中にある。
Komm, mein Bub! Was die Leute wollen! Bist nur ein arm' Hurenkind und machst Deiner Mutter doch so viel Freud' mit Deinem unehrlichen Gesicht!
(訳)おいで、坊や。人には言わせておけばいいさ。おまえは、みじめな私生児さ。でも、母さんにはとっても喜ばしいのさ、おまえの不誠実な顔が。
何とも自虐的とも言える変な台詞。一般に同場はマリーの「娼婦(Hure)性と母(Mutter)性が不調和に混在」する特徴の一端を表わすシーンとされているらしい。
さらに、この台詞で興味深いのは、最後の"unehrlich"(不誠実な)という単語。よく見ないと"unehelich"と間違いそう。
文字を見てようやく識別できるほどだからほとんど聞き取れないのだが、"unehelich"であれば「非嫡出の」つまり「私生の」を意味し、"uneheliches Kind"で「私生児」となる。何とも言えぬ紛らわしさ。台本を書いたベルクがその通り意図したものなのか。
いずれにしても母親から「私生児(=娼婦の子)」と言われてしまった子はあまりにやるせないし立つ瀬もない。そこで、今回の演出では、母親に対してそのことをなじるかのような行為をこの子にさせたりする。つまり部屋の壁にこれみよがしに黒いペンキで"Hure"と書かせるのだ。字幕では、たしか【売女】と表示されていた。

今回の演出(アンドレアス・クリーゲンブルク)では注目する点がいくつもあったが、やはりこのマリーの子(私生児)に対する演出が最も印象的だった。元の台本にはない黙役を登場させてあれこれ演技をさせる演出はこれまでいくつか見た。しかし目障りでしかない場合が多く、あまり成功した例を知らない中、いわば画期的というか例外的に成功した演出だと思う。

なぜこのような演出がなされたのか。

舞台に水を張ることや親子3人以外の人物を異様な衣装やメイクでモンスターのように見せる演出については、1年前のミュンヘンでの舞台写真や動画から十分にわかっていたが、この子の演技については、オペラトークでもプログラムの製作ノートでも具体的には言及されていない。そもそも誰がこの役を演じるのか事前にまったく明らかにされていなかったこともあり妙に気になっていたこともたしか。

ところで、岩下眞好(ドイツ文学者)が「『ヴォツェック』演出の変遷をたどる」と題して、親子3人とりわけ母と子の悲劇を際立たせた当初からの一般的なセンチメンタルな演出に1990年代に入って変化が現れるとともに、決定的な変化をもたらしたのがペーター・コンヴィチュニーであり、1998年のハンブルク州立歌劇場におけるその演出だったとプログラムの中で書いている。
そして、この演出では、今回の演出とは正反対に子どもは全3幕を通じて全く姿を現わさず、マリーの子は胎内に宿している(ひょっとしたら想像妊娠かもしれない)設定になっているとか。まあコンヴィチュニーらしい倒錯的な発想と言えなくもないが、この演出に関しては、この本の中のインタビューでなぜ子どもを登場させなかったかについて、次のように答えている。
 子供というのは、人形やらと同じで、一種の小道具なのです。子供を出した途端に、話が非常にセンチメンタルになる。それは避けたかった。あの演出では、あらゆる小道具を取り除いていった結果、紙幣だけが残ったのです。主人公の貧窮を表現するのに、小道具は百害あって一利なしです。どんな舞台装置も、衣装も、ありふれた貧乏のイメージを示すだけで、本当の貧乏など伝わらないのです。
 それに、『ヴォツェック』の物語は、主人公は死んだ段階で終わっているのです。最後の一場は付け足しの、いわばエピローグのようなものです。こう言ってもいいでしょう。あれは、それまでに終わったことを回顧する場なのだと。子供には、どうしても未来に対するパースペクティヴといったものがついて回る。それはこの場まずいのです。 p.219
これまたコンヴィチュニーらしいごもっともな説。しかしこれもまた一面的かつ独断的であることは、今回のクリーゲンブルクの演出が証明しているのではなかろうか。
まるでコンヴィチュニーの演出に対するあてつけでもあるかのように全3幕を通じて子どもを舞台に上げたにもかかわらず、しかも最後のエピローグとも言えるシーンでまさにセンチメンタリズムが完全に排除されてしまったのが今回の演出だったと思う。
by ka2ka55 | 2009-11-29 23:09 | 音楽 | Comments(0)

Hurenkind ― 《ヴォツェック》鑑賞記に代えて(1)

初台では最終日(26日)の公演でもある上、思えば、ミュンヘンでのプレミエ(08-11-10)がラジオで生中継されたのを聴いてから1年余り経過しているせいもあり、ホントにやっと観られるという思いだった。そういう思いで観たせいか、評価(印象)は(世間一般のそれとは裏腹に)イマイチ。まあ今回は「オペラトーク」などにも参加して「予習」しすぎたかもしれない。

管弦楽(東フィル)については(演奏はタイヘンだったろうとは思うが)可もなく不可もなく。それでも、あれだけ聴かせてくれれば十分。というか、今回は目が舞台に釘付けになってしまっていたので…。
歌唱キャストについては、やはり当然のことながら外題役(トーマス・ヨハネス・マイヤー)が演技面でも文句なしだった。マリー(ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン)は演技はさすがに期待どおりだったが、メゾソプラノというのが減点対象。からむ女声として唯一のマルグレート(山下牧子)がやはりメッゾなので対比の妙が楽しめず残念。ちなみに台本の指定では、マリーはソプラノ、マルグレートはアルトとなっている(!)
その他では特に印象に残る歌手はいなかったが、何と言っても、ほとんど黙役とはいえ全幕を通じてほぼ出ずっぱりのマリーの子(中島健一郎)の存在感が噂どおり抜群だった。カーテンコールでもブラボーを独り占めしていたほど。今回の公演(演出)の最大の功労者と言えるかもしれない。

さて、そのマリーの子が"Hurenkind"として登場するわけだが…。

"Hurenkind"(発音は「フーレンキント」)について、ネーティブもしくはドイツ語がある程度わかる人には自明の単語だろうが、アタシは不覚にも辞書であらためて確認するまで、これには文字通りの意味以外に少なくとも2つの別の意味があることを知らなかった。
そして、その1つが「私生児」の意味。マリーの子には名前がなく、「私生児」としてのみ登場するわけだが、ドイツ語で「私生児」を意味する語は他にもあるにもかかわらず、よりによって"Hurenkind"が使われているのには軽いショックを受けた(というか、ちょっとウケた)。
by ka2ka55 | 2009-11-28 00:10 | 音楽 | Comments(0)

昨日のオペラ鑑賞@初台(平日マチネ)

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11月26日(木)新国立劇場/午後2時開演・3時半終演/3階2列中央B席11.3K/★★★★
《新製作》アルバン・ベルク(Alban Berg) ヴォツェック(Wozzeck)【全3幕】(ドイツ語上演/字幕付)
原作:ゲオルグ・ビュヒナー/台本・作曲:アルバン・ベルク
企画:若杉 弘/芸術監督代行:尾高忠明
<スタッフ>
【指 揮】ハルトムート・ヘンヒェン
【演 出】アンドレアス・クリーゲンブルク
【美 術】ハラルド・トアー
【衣 裳】アンドレア・シュラート
【照 明】シュテファン・ボリガー
【振 付】ツェンタ・ヘルテル
【主 催】新国立劇場
【共同制作】バイエルン州立歌劇場
<キャスト>
【ヴォツェック】トーマス・ヨハネス・マイヤー
【マリー】ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン
【マリーの子供】中島健一郎
【鼓手長】エンドリック・ヴォトリッヒ
【アンドレス】高野二郎
【大尉】フォルカー・フォーゲル
【医者】妻屋秀和
【第一の徒弟職人】大澤 建
【第二の徒弟職人】星野 淳
【マルグレート】山下牧子
【合 唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】NHK東京児童合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

by ka2ka55 | 2009-11-27 03:50 | 音楽 | Comments(0)

昨夜のコンサート@初台

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11月25日(水) 東京オペラシティ・コンサートホール(初台)午後7時開演・9時終演 /3階右バルコニーC席6k/★★★☆
ハンガリー・ソルノク市立交響楽団 日本ツアー2009(東京公演1)
指揮: 井崎正浩
ソプラノ: ロスト・アンドレア(Rost Andrea)

曲目
グノー
歌劇「ファウスト」よりバレエ音楽 第1曲<ヌビア人の踊り>
歌劇「ロメオとジュリエット」より<私は夢に生きたい>(ジュリエット)
ドニゼッティ
歌劇「ドン・パスクワーレ」より<騎士はあのまなざしを>(ルリーナ)
ヴェルディ
歌劇「マクベス」よりバレエ音楽 第1曲
歌劇「リゴレット」より<慕わしい人の名は>(ジルダ)
歌劇「椿姫」より第1幕への前奏曲
歌劇「椿姫」より<ああ、そはかの人か~花から花へ>(ヴィオレッタ)
<休憩>
プッチーニ
歌劇「蝶々夫人」より三重唱-ラルゴ<なぐさめようもないことば>(オケ)
歌劇「蝶々夫人」より<ある晴れた日に>
エルケル
歌劇「フニャディ・ラースロー」より<パロターシュ>
カールマン
喜歌劇「チャールダーシュの女王」より<シルヴィア登場の歌>(シルヴィア)
レハール
喜歌劇「メリー・ウィドウ」より<ヴィリアの歌>(ハンナ)
シュトラウスII
喜歌劇「こうもり」より<チャールダーシュ>(ロザリンデ)
<アンコール>
プッチーニ
歌劇「ラ・ボエーム」より<私の名はミミ>
R.シュトラウス
ツェツィーリエ(オーケストラ伴奏)
プッチーニ
歌劇「ジャンニ・スキッキ」より<私のお父さん>
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by ka2ka55 | 2009-11-26 00:09 | 音楽 | Comments(0)

Agnes Krumwiede ― ミス連邦議会?

政治家と音楽」の記事を先日書いたが、ドイツには政治家(緑の党)であり音楽家(コンサートピアニスト)でもある連邦議会議員(MdB)が登場したらしい。
アグネス・クルムヴィーデ公式HP)は先の総選挙で初当選し、連邦議会議員(=ドイツの国会議員)としては初の女性コンサートピアニストだとか。32歳なのでそれほど若くはないが、「ミス連邦議会」(B紙)でもあるらしい。

11月10日の初演説



ピアノの腕前が披露されているYT動画

by ka2ka55 | 2009-11-25 00:43 | ニュース | Comments(0)

マダマ バタフライ

プレミエといえば、「音楽の友」誌12月号の「スクランブル・ショット」に興味深い記事が掲載されていた。
先月17日チューリヒでプレミエ上演された《蝶々夫人(Madama Butterfly)》を観た日本人(中 東生)によるレポート。かなりお怒りのご様子。
 真っ白な舞台に出て来たゴローは荒木経惟を模し、芸者達のポラロイドをなめ回す。料理人は総刺青。黒子の代わりに白塗りにふんどし姿の4人と荷物持ちの筋骨隆々な黒人までいると、ピンカートンとシャープレスは南欧のマフィアのようだ。そこへ十二単衣におすべらかしの公家風花嫁衣裳で蝶々さんが登場し、寝間着はバレリーナのチュチュ風という、アサガロスの滅茶苦茶な演出への憤怒と戦い続けた一夜だった。しかし、カーテンコールではブーイングもなく、周りは甘受していたのが空恐ろしかった。現代のスイス人にも、このような奇異な国として日本は映っているのだろうか。

by ka2ka55 | 2009-11-24 12:04 | ニュース | Comments(0)

Engelsgeduld

直訳すると「天使の忍耐」だが、これは幸いどんな独和辞書にも載っている。英語では"angelic patience"つまり「天使のような我慢強さ」に対応し、「広大無辺な寛容」をも意味するようだ。「天使」の属性として「我慢強さ」があるとは知らなかった。いや、もしかしたら常識なのか。
ところで、この単語を見かけたのは、先ほど見ていた某紙(めずらしくB紙ではない)の記事。先週の土曜(21日)にベルリン(州立歌劇場)でプレミエ上演された《こうもり》に対する批評の中にあった。同公演は上演前からすでに(舞台を現代のベルリンに置き換えた)演出(クリスティアン・パーデ(Christian Pade))に関する悪評が噂されていたが、通常は終演時に見込まれる客のブーがすでに幕間で飛んだとあるから相当に酷かったのか、さしづめ「巨大な堪忍袋の緒も切れた」といった感じ。ちなみに当日の指揮はズービン・メータ。
Am Premierenabend jedenfalls war es schon zur Pause abgetaucht in den Tumult aus Beifall und Buh, den man normalerweise erst am Ende erwartet, wenn der Regisseur und sein Team sich zeigen. Diesmal aber riss dem Publikum schon im Voraus die Engelsgeduld.

by ka2ka55 | 2009-11-23 16:17 | ニュース | Comments(0)

デフレスパイラル?

チケットが安く買えるのはありがたい反面、すでに買ってしまったチケットが安く売られている情報に接するとき、何とも、や(ゆ)るせない気持ちになる。
 ◆ポンテ半額チケット情報◆---------------------------------------
 1.【オーケストラ】ロスト・アンドレア オペラ・アリア・コンサート
 2.【ピアノ】スタニスラフ・ブーニン ピアノ・リサイタル
 3.【オペラ】レニングラード国立歌劇場オペラ「トスカ」
 4.【オペラ】レニングラード国立歌劇場オペラ「エフゲニーオネーギン」
 5.【室内楽】シュトゥットガルト室内管弦楽団
 http://www.tponte.com/

by ka2ka55 | 2009-11-22 14:39 | ニュース | Comments(0)

祈ります

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最近、A紙にはなぜか早めに批評が載る傾向がある。18日初日の初台の《ヴォツェック》評がもう20日の夕刊に載っていた。
ネットでもあちこちのブログを含めてすでに観劇後の記事が掲載されているが、どれも概ね評価が高そうだ。21日に2回目の公演があり、残りはあと2回(23日、26日)だが、最終日に行くことを予定しているアタシとしては、(演出が演出だけに)キャスト(特に子役)がカゼなどひかぬよう祈ります。
by ka2ka55 | 2009-11-22 03:42 | ニュース | Comments(0)