Das Notizbuch von ka2ka ― ka2kaの雑記帳

サッカーとオペラ

まったく無関係のように見えるが、けっして無関係ではなく、深い関係があると言い張るオッサンがいる。こじつけに見えなくもないが、さすがにプロのライターは文章がうまい。なるほど、こういう見方もあるのかと、ちょっと感心。ただ、これは4年前のW杯直後に書かれた記事なので要注意。
(前略)
 イタリア・オペラでは(喜劇を除いて)最後に必ず主人公が死ぬ。実らぬ恋の末、報われぬ愛の末、不倫の末、誤解の末……、色々事情は異なるが、主人公は、不条理な運命にもてあそばれ、あるいは、非合理な人生と人間関係にもみくちゃにされるなかで、最後に、必ず死ぬ。「Morta!(モ~ルタ~!)」と叫んで死んでゆく。そして、観客(イタリア人)は、そうして息絶えた主人公に向かって――息絶える名演技を見せ、名唱を聴かせた名歌手に向かって、「Bracvo!(ブラ~ヴォー!)」と叫び、拍手喝采する。イタリア人は、「悲劇を楽しむ」のだ。
 ドイツ・オペラでも主人公の死ぬ場合があるが、事情はまったく異なり、「昇天」という形をとる。主人公(主として女性)は神に召され、そのおかげで残された人々(主として男性)は救済される。これは一種のハッピーエンドといえる。
 イタリア・オペラとドイツ・オペラのあいだに、どうしてこのような違いがあるのか……。イタリアでは、どんな不条理な死が結末の悲劇であっても、それが幕を閉じれば、劇場の外には南国の太陽が輝き、地中海の真っ青な海が広がり、アリオの効いた美味しいパスタやワインが待っている。灰色の曇天のもとでビールとジャガイモのドイツで悲劇が演じられると、たとえそれが絵空事でも本当に悲しくなってしまう……ドイツでは、悲劇を楽しむ余裕がない……という理由が正しいか否かはさておき、イタリアのサッカーは、常にイタリア・オペラ(の悲劇)をコピーしてきた。
 耐えに耐え、守りに守り、不条理な人生(試合)のなかでもみくちゃにされながらも、起死回生のチャンス(カウンター攻撃)に挑む。が、最後はPK負けで「モ~ルタア~!」……というわけで、イタリアは、1990年地元開催のイタリア大会準決勝(対アルゼンチン)でも、1994年アメリカ大会決勝(対ブラジル)でも、1998年フランス大会準々決勝(対フランス)でも、3大会連続のPK戦で敗退した。さらに2002年の日韓大会では韓国を相手にレフェリーの「不思議な笛」に泣かされた。
 そしてイタリア人(のサッカー・ファン)は、それらの「悲劇」に涙しながら、カタルシスに酔いしれ、美事な物語として語りついできたのである。まるでジュゼッペ・ヴェルディのオペラを楽しむように……。
(後略)
http://www.the-journal.jp/contents/tamaki/2006/07/w.html

by ka2ka55 | 2010-07-09 23:47 | ニュース | Comments(0)