Das Notizbuch von ka2ka ― ka2kaの雑記帳

「くだらんファンタジー」

 オペラでは、すべてが許される―。形式美を楽しんでもいい。崇高な人間のありようを見て、わが身をふりかえる「禊ぎ」にしてもいい。ワルツで踊っても、無意識の世界に遊んでも、いたいけな少女の復讐を誓っても、オタク的な謎解きを追及してもいい。不道徳な隣人に眉根をひそめても、それを神の領域に接続させて捉えてもいい。
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島田雅彦は先月『オペラ・シンドローム』(NHKブックス)と題するエッセイを上梓したが、これは昨年NHK教育テレビで放送された番組(この人この世界「オペラ偏愛主義」)のテキストに基づき若干加筆されたもの。
同番組は8回シリーズで放送され、テキストは買ったが結局、1-2回しか見ていない。内容がツマラナカッタというより話し方がヘタで聞きづらかったためだが、あらためて文章を読んでみると、さすがにうまく書かれていて共感する部分が多いので、ほぼ同じとはいえ、エッセイも買ってしまった次第。「島田雅彦の最高傑作」などという書評も見かけるが、少なくともオペラの手引書としては、たしかに傑作と言えるかもしれない。

冒頭の文は最終章の最後の部分だが、このあと以下の文で締めくくられる(赤字は加筆部分)。
 オペラは決して、高尚な一部の人間のための娯楽などではありません。人間が一生かけて味わう喜怒哀楽を、数時間に集約して舞台にのせてくれるのですから、そうした激しい感情の起伏と接することによって、ともすれば摩耗しがちな自らの喜怒哀楽に揺さぶりをかけてやればいいのです。凝った肩とか、足裏ばかりでなくて、エモーションのマッサージを受けに行くことも必要である。憂愁に囚われると、感情がのっぺりと平板になる。日ごろから感情のマッサージをするといい。日本人は喜怒哀楽をあまり表に出さないといわれるが、それは憂愁の素になる。感情を表に出すことは精神衛生上、欠かせません。怒りを溜め込むのではなく、小出しに発散し、ガス抜きを行う必要があります。それを我慢するから鬱屈する。泣くときは思い切り泣けばいいし、笑うときは意味なく笑えばいい。
 迷ったり、行き詰ったり、追い詰められたりした場合には、最初の原則に立ち返る。では、最初の原則とは何か?
 それは神々の時代の営みである。人間の営みとは神々の営みの模倣なのだから、神と人間が表裏一体のように暮らしていた時代の原則をもう一度、思い出すしかない……これは、神話学、考古学における常識です。つまり、自らの身体を道具として使いこなすようなプリミティブな暮らしに、随時立ち返る必要があるのです。歌う行為は自分の体の器官をコントロールするという営みです。心の平静は、おのが肉体と戯れること、遠い過去の暮らしに立ち返ることで保たれる。オペラは現代人にそんな精神のリハビリテーションを促す儀式なのです。
私がオペラを観るのをやめられないのは、自分の感情や本能をつねにギラギラさせておきたいからです。(pp.226-227)
以上、オペラ愛好者を代弁する優れた一文だと思う。

作家というのは個々の作品(たとえば小説)で文学的に評価されるのは当然だが、いわば社会的にこうした代弁者としての役割も担っているのかもしれない。

ところで、タイトルの「くだらんファンタジー」とは、島田雅彦による某作家に対する批評を端的に表したコトバだが、これも大いに代弁してくれていると思う。
by ka2ka55 | 2009-10-05 15:48 | | Comments(0)